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円卓の冷徹な妥協、エルフの焦燥

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朝の冷徹な陽光が、グレイロード城の最上階に位置する「円卓会議室」のステンドグラスを透過し、磨き上げられた黒檀の円卓の上に歪んだ極彩色の影を落としていた。


アレン・グレイロードは、背もたれの高い魔導車椅子に深く身を沈め、静かに目を閉じていた。昨夜、叔父バルトが仕掛けた『禁忌の黒毒液』によるダメージは、料理長ニコラが急ごしらえで調合した解毒薬によって最悪の破局こそ免れたものの、未だにアレンの胃壁と魔力回路を針で刺すような激痛で苛んでいた。アレンは『毒物中和呼吸法』を極微の呼吸で維持し、体内の魔力循環を強制的に制御することで、その激痛を表情の一ミリにも出さずに耐え忍んでいた。彼の漆黒の髪の毛先は、昨夜の過酷な魔力演算の代償として、さらに僅かに白銀へと染まり、その青白い肌をいっそう退廃的に際立たせている。


車椅子の背後には、彼の「絶対の影」となった専属メイドのカレンが、一分の隙もない立ち姿で控えていた。彼女の気配は完全に消えており、まるでそこに彫像が立っているかのようだった。


重厚な扉が音もなく開き、冷ややかな空気と共にアストレア精神世界の使節団が会議室へと入ってきた。


先頭に立つのは、アストレアの精神的指導者、皇女ファラ・エル・アストレアだった。太陽の光をそのまま紡いだかのような美しい金髪を精緻な編み込みにし、世界樹の葉を模した神秘的な緑の法衣を完璧に纏っている。その透き通るような肌と、冷徹なサファイアを思わせる青い瞳は、人間という種族を見下すエルフの傲慢さと、不可侵の気品に満ちていた。そのすぐ後ろには、アストレアの天才魔導士エレノアが、アレンを「死に損ないの羽虫」とでも呼ぶかのような侮蔑の眼差しを隠そうともせずに従っている。


「――朝の挨拶は省かせていただくわ、アレン・グレイロード」


ファラは円卓の対面に座ると、世界樹の枯れ枝から削り出された美しい杖を卓上に置き、冷ややかに言い放った。彼女の声は鈴の音のように美しかったが、その響きには一切の温かみがなかった。


「単刀直入に申し上げます。我がアストレア精神世界の保守長老会は、グレイロード領に対し、公式な要求を決定いたしました。――『グレイロード魔結晶鉱山』の全権を、無条件で我が国へ譲渡なさい」


その傲慢な要求が円卓に響いた瞬間、アレンの傍らに立つ内政官ハンスが息を呑み、胃を押さえて顔を青ざめさせた。鉱山の全権譲渡など、グレイロード領にとって完全な自己破産と事実上の隷属を意味する。


しかし、アレンは車椅子の上で、ただ微かに唇の端を吊り上げただけだった。


「全権の無条件譲渡、ですか。随分と一方的なご提案ですね、ファラ殿下」


「これは提案ではなく、決定よ」


ファラは冷酷に言い放ち、その青い瞳の奥に微かな魔力の輝きを灯した。彼女の周囲の大気が細かく振動し、微弱な精神干渉の波動――『精霊の息吹』がアレンの脳神経に向けて放たれる。人間の脆弱な精神を揺さぶり、無条件の恐怖と服従を植え付けるエルフの秘術。アレンの隣で、ハンスの呼吸が不自然に乱れ始める。


だが、アレンは静かに左手を卓上に置いた。彼の左手薬指に嵌められた「三重誓約の指輪」が、ファラの魔力波長を感知して青紫色の光を放つ。アレンは「感覚共有(リンク・センス)」を起動し、ファラが放つ精神波の『結節点(ルーン・ノード)』を脳内で瞬時に可視化した。


アレンは、ファラが胸元に飾っている「ファラの精霊木のロザリオ」から発せられる、世界樹の微弱な精霊の気配を逆利用した。指輪を通じて彼女の精神回路に自らの意識を同期させ、精神干渉の波動を完全に中和、無効化してみせたのだ。


「なっ……!?」


ファラは息を呑んだ。自身の精神干渉が、まるで虚空に吸い込まれるように完全に消滅したのだ。それどころか、アレンの漆黒の瞳と視線が交わった瞬間、彼女の脳裏に、グレイロードの地下遺跡の魔脈が「完全に枯渇し、崩壊しかけている」という偽の演算データが直接流れ込んできた。アレンが「精霊同調」を逆誘導し、彼女の精神世界に仕掛けた偽の情報トラップだった。


「そんな……地脈が、枯渇している……? そんなはずは……」


ファラの青い瞳に、隠しきれない激しい動揺と焦燥感が走った。彼女がこの鉱山を欲しがっている真の理由――アストレア精神世界の世界樹が枯死しかけており、それを救うための膨大なエネルギー源として、グレイロードの結晶を必要としているという「焦り」が、アレンの脳裏にリアルタイムで伝わってきた。


「アストレアの技術をもってすれば、この鉱山をより有効に管理できると言っているのです。魔力すら持たぬ不浄な人間に、世界魔脈の結節点を所有する資格はありません」


ファラの背後に控えるエレノアが、アレンの魔力回路の脆弱さを嘲笑するように冷酷な言葉を重ねた。だが、アレンはエレノアを完全に無視し、ただファラ一人の瞳をじっと見つめ返した。


「……随分とお急ぎのようですね、ファラ殿下。アストレア精神世界の世界樹が、内側から枯れ果てようとしている焦りが、その美しい瞳から透けて見えますよ」


「――ッ!」


ファラは弾かれたように立ち上がり、世界樹の杖を強く握りしめた。彼女の端正な顔が、恐怖と驚愕によって青ざめていく。エルフの国家機密であり、長老会が何よりも隠蔽してきた破滅の真実を、目の前の車椅子の人間が、一瞬で見抜いたのだ。


「貴様、何という不敬を……!」


エレノアが魔法を起動しようと手を掲げたが、アレンはそれを手元の杖を軽く卓上に叩くことで遮った。その微かな衝撃波が、エレノアの構築しかけた術式を物理的に乱す。


「暴力を振るう前に、こちらの書類に目を通していただきたい」


アレンは、イリーナとハンスが徹夜でまとめ上げた極秘の帳簿と領主令の写しを、滑らせるように円卓の中央へと滑らせた。


「アストレア精神世界が帝国と行っている秘密交易ルート。その物資の八割は、我がグレイロードの国境関門を通過している。……違いますか?」


ファラは震える指先で書類を取り上げ、その内容に目を通した。そこには、エルフ領の物資の正確な流通データと、アレンの署名が記された新たな領地法が記されていた。


「本日この瞬間より、アストレアから帝国へ向かうすべての交易品に対し、一律『300%の関税』を課す領主令を発令します。従わない場合は、国境大検問所を物理的に閉鎖する」


「な……300%!? そんなことをすれば、我が国の経済は……物資の流通は完全に麻痺するわ!」


ファラは絶叫した。世界樹の枯死を防ぐための霊草の輸入も、帝国からの資金調達も、すべてがこのグレイロードの関門で窒息させられる。それは、アストレアにとって即座の死を意味していた。


アレンは車椅子の上で、氷のように冷たい、だが完璧に計算された微笑を浮かべた。これこそが、彼が提示する「冷徹な妥協案(コールド・ディール)」だった。


「鉱山の全権譲渡など、最初から不可能な相談です。ですが、私たちは破滅を望まない。……全権の譲渡ではなく、我がグレイロードの『魔結晶精錬技術のライセンス化』。これによるエネルギーの優先供給契約を結びましょう。関税の撤廃と引き換えに、ね」


ファラは書類を握りしめたまま、全身を小刻みに震わせた。目の前の病弱な青年は、エルフの圧倒的な武力と魔力を前にしながら、ただの「言葉」と「物流の支配権」だけで、国家の命脈を完全に人質に取ってみせたのだ。


エルフの誇りは完璧にへし折られ、会議室には息が詰まるような沈黙が支配した。ファラはアレンの冷徹な知性に、恐怖と、そして抗いがたい強烈な敗北感を抱き始めていた。

HẾT CHƯƠNG

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