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重装甲を崩す連撃

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「カイトくん、上から来るわ! 大きな塊が、空気を引き裂いて落ちてくる!」


紗季の叫び声が、鼓膜に直接突き刺さる。全盲の彼女が聴き取った「音の軌道」は、俺のどんなセンサーよりも正確だった。


ズガァァァン!!!


頭上で金属配管が断裂し、肉厚のコンクリート片が激しい火花を散らしながら落下してきた。ヴァイパーが仕掛けたガス爆弾の爆風が、暗くて狭いダクト内部を容赦なく吹き抜ける。押し寄せる衝撃波に、手のひらサイズの多脚型有線ハッキングロボ「デジ・モグラ」が吹き飛ばされ、有線カメラの接続が完全に途切れた。


「ぐ、あぁっ……!」


肺に熱い空気が逆流し、俺は激しく咳き込んだ。ただでさえ第3層「流体力学ハック」の反作用で肺が焼けるように痛む。さらに、左目の視界は完全に潰れていた。網膜投影されたスマートグラスの表示は、冷酷な「0」と「1」のバイナリコードが激しいノイズとなって明滅し、視神経を焼き切るような激痛を送り続けている。かろうじて生きている右目だけで、崩落するダクトの闇を睨みつけた。


【警告:ニューラル・ヒート:69%。これ以上の高負荷ハックは脳細胞に不可逆なデータ破損を引き起こします】


「ここで、死んでたまるか……!」


左腕のカスタム・ターミナルは、メイン基板の一部が熱で融解し、警告灯が血のように赤く明滅している。処理能力は通常の半分以下。この崩落するダクトの隔壁を、電子ハックでこじ開けるだけの演算帯域(パケット)は残されていない。仮に管理者権限(Root)があっても、この壊れかけの端末では質量1000キロを超える隔壁のロックを解除しようとした瞬間に、過負荷で端末ごと俺の左腕が爆発する。


「カイトくん、右よ! 右側の鉄板の奥に、中空の響きがあるわ。非常用のハッチよ!」


紗季が、抱きしめたバイオリンケースを庇いながら俺の制服の袖を引く。俺は右目の焦点をおぼつかないまま動かし、彼女の指し示す方向を睨んだ。そこには、煤に汚れた金属製の非常ハッチがあった。電子制御ではない、完全なアナログの扉だ。


「アナログなら、これだ……!」


俺は震える右手でポケットを探り、冷たい金属の質量を掴み出した。通路で重傷を負ったベテラン警備員、佐藤健太さんから託された真鍮製の「マスター物理キー」だ。


「電子ハックに依存しない、完全なアナログのマスターキー……。頼む、回ってくれ!」


鍵束から、ハッチの形状に合う太い鍵を一本選び出し、錆びついた鍵穴に力任せに突き刺した。感覚を失った左腕は使い物にならない。俺は全身の体重を右手に乗せ、真鍮の鍵を強引に回転させた。


ガチリ、と重々しい金属の噛み合いが外れる音が、ダクトの崩落音の中で確かに響いた。


「開いた! 紗季、行くぞ!」


俺はハッチの鉄扉を蹴り開け、紗季の手を引いてダクトの外へと飛び出した。直後、背後で凄まじい轟音が響き、俺たちがいた排気ダクトがコンクリートの濁流に押し潰され、完全に圧砕された。吹き出す粉塵を浴びながら、俺たちは地下金庫室の通路へと転がり落ちた。


「ハァ、ハァ……生き、てる……?」


紗季が煤だらけの顔を上げ、呼吸を整える。彼女のバイオリンケースは無傷だった。俺は痛む体を無理やり引きずり起こし、通路の壁際を見た。そこには、先ほど俺たちに鍵を託し、血を流して倒れていた佐藤さんがいた。


「佐藤さん! しっかりしてください!」


佐藤さんは意識を失いかけていたが、俺の声に微かに目を開けた。「無事、だったか……。よかった……」


「約束しました。あなたも一緒に連れて脱出するって。紗季、佐藤さんの左肩を支えてくれ。俺が右側を持つ!」


俺は感覚のない左腕を佐藤さんの体に回し、右手で彼の巨体を抱え上げた。左目のバイナリノイズが激しく明滅し、視界の半分が青い砂嵐で覆われている。それでも、一歩、また一歩と、俺たちはロビーへと繋がる非常階段を上り始めた。ダクト爆破を終えたヴァイパーは、俺たちが死んだと確信しているはずだ。今なら、ロビーの裏口から人質たちを逃がせる。その希望だけが、俺の足を進めさせていた。


だが、非常階段を上りきり、ロビー手前の通路の影に潜んだ瞬間、俺たちの希望は冷酷な物理的質量によって打ち砕かれた。


「……足音が、聞こえる」


紗季が俺の耳元で囁いた。「でも、人間の足音じゃないわ。重い、鉄の塊が地面を削るような……不気味な金属の擦れる音。それに、巨大な心臓の鼓動みたいな、エンジンのアイドリング音がロビー全体に響いてる」


俺はスマートグラスの「システム・アイ」の倍率を上げ、通路の角からロビーの正面出入り口を透視した。右目のレンズ越しに見えたのは、絶望的な防衛ラインだった。


ロビーの正面玄関は、完全に封鎖されていた。そこに立っていたのは、ボイド・ゲイズの重装甲兵「ブル」。


身長2メートルを超える巨体は、いかなる小銃弾も跳ね返す軍用の重装甲防弾ベストで固められ、その手には、厚さ10センチを超えるチタン合金製の「特製防弾盾」が握られている。そして、盾の隙間から突き出されているのは、毎分三千発の鉛弾を吐き出す多銃身の重機関銃だ。ロビーの正面は、奴が構築した「動く鉄塞」によって完全に制圧されていた。


「ブル……。奴がロビーに居座っている限り、人質を一人も外へ逃がせない」


俺はスマートグラスの表示を睨んだ。ブルの防弾盾と装甲の質量は、推定で300キログラムを超えている。現在の俺の「デバッガー・ランクE」の出力では、質量1000キロ以上の防火扉はハックできなくても、300キロのオブジェクトなら、定数の改変が記述できるはずだ。だが、問題は記述速度だった。処理能力が半減している今、俺がキーボードを叩いてコードを実行するまでの数秒間、ブルの重機関銃の射線に身を晒せば、一瞬で肉片にされる。


(どうする……。囮が必要だ。ブルの重機関銃の照準を、一瞬でも逸らすための囮が――)


そう考えた瞬間、ロビーの床に伏せさせられていた人質たちの中から、一人の影が静かに立ち上がるのが見えた。


紺色の都立高校の制服。鍛え上げられた185センチの体躯。短髪の頭を低く下げ、鋭い眼光でブルを睨みつけている男。


「――蓮!?」


俺は息を呑んだ。幼馴染の真壁蓮だ。なぜアイツがここにいる。空手道場の跡取り息子で、昔から喧嘩の強さだけは規格外だったが、相手は重火器を装備したテロリストだ。生身で立ち向かえば、一瞬で撃ち抜かれる。


蓮は、通路の影に潜む俺の存在に気づいたようだった。スマートグラスの青い光を宿した俺の右目と、蓮の鋭い瞳が、ロビーの喧騒を挟んで一瞬だけ交差した。


言葉はなかった。だが、長年共に過ごしてきた幼馴染としての直感が、俺の脳内に直接語りかけてきた。


(カイト、お前が何か『おかしなこと』を仕掛けるんだろ。だったら、その隙は俺が作る。お前の背中は、俺が守る)


蓮がニヤリと不敵に笑い、両拳を保護する高強度ケブラー繊維製のバンテージを締め直した。アイツは、俺がハッキングで環境を書き換えることを、完全に信じ切っている。


「無茶しやがって……!」


俺は左腕のターミナルのキーボードに右手を走らせた。スマートグラスの照準を、ブルの足元の床座標へとロックオンする。


「行くぞ、蓮……!」


蓮が床を強く踏みしめ、人質たちの間を縫って、ブルに向けて一直線に突進した。大理石の床が、彼の踏み込みの衝撃でピキリと悲鳴を上げる。


「――ネズミが、一匹湧いたか!」


ブルが不快なダミ声を上げ、重機関銃の銃口を蓮へと向けた。次の瞬間、ロビー全体を震わせる凄まじい掃射音が炸裂した。


ダダダダダダダダ!!!


鉛の豪雨がロビーを切り裂く。蓮は、真壁流実戦空手で培った人間離れした反射神経で、銃弾の軌道を見切るようにジグザグに疾走した。ロビーの頑丈な大理石の柱を盾にして射線を切り、砕け散る石片を浴びながらも、一歩も退かずにブルとの距離を詰めていく。だが、ブルの防弾盾は完璧な正面防御を誇り、重機関銃の掃射は蓮の退路すらも削り取っていく。次の大理石の柱が粉砕されれば、蓮の肉体は蜂の巣にされる。


「そこだ……ロックオン!」


俺は右目の視覚ノイズを無視し、ターミナルに「重力加速度パッチ(Gravity Patch)」をインジェクションするためのコードを高速で記述した。狙うのは、ブルが装備している「防弾盾」と、奴の「重装甲アーマー」の質量そのものだ。


`import system.physics.gravitỳ

`gravity = GravityPatch(target_object="Bull_Armor_and_Shield")`

`gravity.constant = -1.0G̀

`gravity.execute()`


「局所重力反転(Gravity Inversion)……実行!」


エンターキーを叩きつけた瞬間、俺の脳波が強制的にターミナルの演算回路と同期し、凄まじい耳鳴りが両耳を襲った。キーンという高周波の痛みが脳髄を駆け抜け、ニューラル・ヒートが急激に上昇する。だが、その代償と等価交換に、世界の物理法則が書き換わった。


ブルの周囲に、青い光の粒子(グリッチ)が激しく明滅した。次の瞬間、ブルの足元が床から浮き上がった。


「ぬ、おっ!? なんだ、これは……身体が、浮く……!?」


ブルが驚愕の声を上げた。奴の300キロを超える重装甲と防弾盾の重力定数が「マイナス1G」へと反転したのだ。重さは推進力ではなく、天井に向けて落下するための力へと変貌した。ブルの巨体が、防弾盾ごと天井に向けてふわりと浮上(落下)していく。


当然、重機関銃の射線は完全に天井へと跳ね上がり、蓮を狙っていた鉛の豪雨が、ロビーのシャンデリアを粉々に粉砕した。


「今だ、蓮!」


俺は叫んだ。浮遊するブルは、空中での推進力を持たない。防弾盾を構えることもできず、ただの巨大な肉の標的と化している。


「おおぉぉぉ!」


蓮が、大理石の床を爆発的な踏み込みで蹴り破り、跳躍した。彼は、空中に浮遊するブルのチタン合金製防弾盾を足場として踏みつけ、さらに高く跳び上がった。ブルの頭上を取り、重力に従って落下しながら、蓮の右拳が固く握り締められる。


その拳には、源さんのジャンク屋で改造を施した「特殊導電性ナックル」が装着されていた。ナックルの高圧コンデンサが、蓮の空手の踏み込みと連動し、バチバチと青白いプラズマ火花を散らしてチャージを完了する。


「真壁流実戦空手――」


蓮の全身のバネ、落下の慣性エネルギー、そして幼馴染の俺を信じ切った絶対的な意志が、その一拳へと収束していく。


「――『雷槌(いかづち)』!!!」


ドガァァァン!!!


蓮の拳が、ブルの重装甲ベストの胸部中央、バッテリーパックが格納された脆弱な接続部に、正確に叩き込まれた。


凄まじい肉体打撃の衝撃音とともに、ナックルに蓄積されていた高圧電流が、ブルの装甲の内部へと一気に放電された。青白い電撃がブルの巨体を包み込み、アーマーの電子制御システムを物理的にショートさせていく。ジジジ、と不気味な放電音が響き、ブルの重装甲アーマーが内部から小規模な爆発を起こして火花を散らした。


「が、あ、あ、あ、あぁぁぁ!!!」


ブルは全身を激しく痙攣させ、重機関銃を手放した。重力ハックの制限時間が切れ、定数が正常に戻った瞬間、ブルの巨体はロビーの床へと激しく叩きつけられ、二度と動かなくなった。重装甲アーマーの煙が、奴の沈黙を告げていた。


「ハァ、ハァ……やった、な、カイト」


着地した蓮が、膝をつきながらも、俺のいる通路に向けて親指を立てた。その拳は、高圧放電の反動でかすかに煙を上げている。


「蓮、お前って奴は……」


俺は通路から飛び出し、佐藤さんを紗季に預け、蓮の元へと駆け寄った。ロビーに囚われていた人質たちが、ブルの沈黙を見て、一斉に安堵の息を漏らし、泣き声を上げ始める。正面玄関を封鎖していた「鉄塞」は消えた。今なら、全員を外へ逃がせる。


「全員、急いで外へ脱出してくれ! 警察が外にいるはずだ!」


俺が人質たちに向けて叫び、正面玄関のガラス扉を押し開けようとした、その瞬間だった。


ピカァァァ!!!


突如として、銀行の巨大なガラス窓の外から、夜の闇を切り裂くような強烈なサーチライトの光が、ロビー内へと照射された。あまりの眩しさに、俺は右手をかざして目を細めた。


地響きが、足元から伝わってくる。


それは、一般のパトカーや救急車のサイレン音ではなかった。重い防磁装甲がアスファルトを削る、不気味な駆動音。そして、サーチライトの逆光の中に浮かび上がったのは、警察のマークではなく、見たこともない「黒い蛇」の紋章が刻まれた、異様な重装甲車両のシルエットだった。


「……違う」


紗季が、俺の制服の裾を強く引っ張り、恐怖に震える声で囁いた。


「カイトくん、あれは警察じゃないわ。あの車のエンジン音……世界を監視する、冷酷な『システム』の音がする。奴ら、人質を助けに来たんじゃない。ロビーにいる全員を、消し去るために来たのよ……!」

HẾT CHƯƠNG

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