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大包囲網と電磁パルス

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ズ、ズン――!!!


凄まじい質量が崩落する轟音が、アリーナに響き渡った。俺が物性変換「Cast_Hardness」で硬度を「〇・一」――豆腐並みに書き換えたコンクリートの床は、王者キメラ(毒島)のチタン合金化した巨体の重さに耐えかね、一瞬にして陥没した。無敗の王者が、自らの質量によって足元から崩れ落ち、瓦礫の底へと沈んでいく。


「な、何が起きた……!? 床が、床が消えたぞ!」

「キメラ様が……落ちた!?」


観客席を埋め尽くす囚人たちの狂気的な歓声が、一瞬にして困惑と恐怖の悲鳴へと変わる。だが、俺に勝利の余韻に浸る時間など一秒も残されていなかった。


「ぐ、あぁっ……!」


脳の奥を直接、灼熱の杭で貫かれたような激痛。演算加速「Overclock」を限界まで引き延ばした代償が、容赦なく俺の肉体を襲う。両目の視神経から溢れ出た血が、視界を赤く染め上げ、網膜の端で赤い警告ノイズが激しく明滅していた。


『警告:メモリオーバーフロー(精神汚染閾値):65%。自己定義コードの崩壊(脳死)まで残り、三分。脳波の同期率が危険域に達しています』


視界がブレる。目の前の光景がデジタルノイズとなって歪み、自分が人間なのか、それともただのエラープログラムなのか、その境界線すら曖昧になりかけていた。このままでは脳細胞が焼き切れる。


俺は震える右手で囚人服のポケットを探り、一枚の青い折り紙を引きずり出した。妹の美咲が、あの冷酷な機関SECTに連れ去られる直前に遺してくれた、唯一の絆。俺はかすむ右目の「コードアイ」をその折り鶴へと向けた。折り鶴の折り目の角度、紙の繊維の比率――そこには、美咲の脳波が刻んだアナログな幾何学暗号が隠されている。


「美咲……俺を、引き止めてくれ……!」


デッカーの走査ラインが折り紙のバイナリコードをスキャンする。瞬間、脳内に冷たい純水が流れ込むような、圧倒的な静寂が訪れた。


『外部セーフティコードを検出。精神安定プログラム「Misaki_Anchor.sys」を実行します。脳波同期を正常化……メモリオーバーフロー:65%から40%へ強制ダウン』


「はぁ、はぁ、はっ……!」


頭痛が引き、視界の赤みが引いていく。血の涙を拭いながら、俺は陥没したアリーナの底を見下ろした。瓦礫の隙間に、チタンの硬化が解けて生身に戻ったキメラが気絶している。その首元に、鈍く光る銀色のデバイスが引っかかっていた。最下層の全電力を管理するジェネレーター・コアへの「管理者用暗号化キーチップ(アクセスドングル)」だ。


俺は躊躇なく陥没した穴へと滑り降り、キメラの身体からそのチップを毟り取った。デッカーに接続すると、青いホログラムの進捗バーが高速で走る。


『管理者用暗号化キーチップを検出。電力制御システムへのアクセス確立。一時的「パワーユーザー権限(Power User)」を獲得しました』


これで、脱獄のための最初のパーツが揃った。そう確信した瞬間、アリーナ全体の照明が激しく明滅し、一斉に消灯した。非常用の赤い回転灯だけが、血のような光で錆びついた鉄格子を照らし出す。


アリーナの給電ケーブルから俺が限界突破で強奪した膨大な電磁エネルギー。その異常な電力消費ログが、看守長鬼塚の司令塔「パノプティコン・タワー」の監視AI『ウォーデン』に検知されたのだ。


「……逃がすな! 侵入口をすべて完全封鎖しろ!」


スピーカーから、怒りに狂った鬼塚の咆哮が響き渡る。同時に、アリーナの四方にある巨大なチタン合金製の防衛シャッターが、凄まじい金属音を立てて閉鎖され始めた。退路が閉ざされていく。


「カイト! 早くしろ、犬どもが来るぞ!」


ダクトの影から、竜崎とシンが飛び出してきた。だが、遅かった。シャッターが完全に閉まりきる前に、通路の奥から赤い単眼バイザーを不気味に発光させた重武装の警備兵部隊「システムガード」が、実弾銃を構えてなだれ込んできた。その先頭に立つのは、冷徹な眼光を宿した中年の軍人――ゲイル隊長だ。


「包囲陣形を展開。ハッカーの小僧を最優先で排除しろ」


ゲイルの無駄のない、冷酷な命令が響く。彼らはバグ能力者ではない。だが、数多の能力者を狩ってきた実戦のプロだ。


「奴のハックの記述速度(コンパイル時間)を計算しろ! 記述中のタイムラグ、リロードの隙を狙って一斉射撃だ。一人ずつ確実に仕留めろ!」


「チッ、小賢しい戦術を……! 俺の背中に隠れろ、カイト!」


竜崎が前に出て、自身の周囲の重力ベクトルを湾曲させる。目に見えない重力シールドが展開され、襲い来る自動機銃の弾雨を床へと叩き落としていく。だが、ゲイルの部隊は統制されていた。彼らは射撃の手を緩めず、三方向から交互に銃撃を浴びせ、竜崎の重力シールドを物理的に削り取っていく。火花が飛び散り、竜崎の筋肉が負荷で悲鳴を上げた。


(スレッド1、警備兵の電磁装甲をロック。物性変換で硬度をゼロに――!)


俺はデッカーのキーボードに残像が残る速度で指を走らせた。だが、コマンドを実行する直前、警備兵たちの背負うバックパックから強烈な高周波ノイズが放射された。携帯型の電磁ジャマーだ。デッカーのホログラム画面が激しく歪み、コンパイルが途中で強制キャンセルされる。


「ダメだ、ジャマーのノイズでコードの記述が維持できない……!」


「ならば、これでどうだ!」


俺は「視覚迷彩「IP_Spoofing」」を起動し、周囲の光の屈折率を書き換えて俺たちのダミーの座標データをシステムに送信した。一瞬、警備兵たちの銃口が虚空へと逸れる。しかし、頭上を旋回するパノプティコンのセンサーユニットが、その光の屈折の演算エラーを瞬時に見破った。ダミーのホログラムは一瞬でかき消され、銃口は再び俺たちの心臓へと向けられる。


「無駄だ、バグめ。我々の戦術にエラーは存在しない」


ゲイルが冷酷に告げ、腰のホルダーから銀色の金属球を引き抜いた。軍用規格の電磁スタングレネード。直撃すれば、アームハッカーの防護フィールドごと、俺のデッカーと脳波が完全に破壊される。


ゲイルの手から放たれたグレネードが、放物線を描いて俺の足元へと転がってきた。


(――いや、待て。等価交換だ。エネルギーは消えない。形を変えるだけだ)


極限の静寂の中、俺の脳細胞が超高速で駆動する。グレネードが爆発する、そのコンマ一秒の瞬間。俺は左腕の「電磁拘束具改・アームハッカー」のバイパス回路を最大展開した。爆発した瞬間に発生する、数十万ボルトの強力な電磁ショック波。俺はそれを防ぐのではなく、アームハッカーの電磁防壁で受け止め、その「破壊エネルギー」をデッカーの予備コンデンサへと強制吸収(アース)した。


バチィィィン!!!


視界が真っ白なスパークで埋め尽くされる。アームの回路が限界を超えて熱を帯び、左腕の皮膚が焼ける臭いが漂った。だが、デッカーの画面には、限界突破でチャージされた莫大な電磁エネルギーの数値が跳ね上がっていた。


『警告:予備コンデンサの電圧が臨界点を突破。物理的破壊(ショート)のリスク:99%』


「カイト、何をする気だ!?」


竜崎の叫びが聞こえる。俺は、アリーナの配電盤から siphoned した電力と、今吸収した電磁波のすべてを、デッカーの出力リミッターを破壊して一点に集中させた。通常のハックでは、このジャマーと数の暴力には対抗できない。ならば、ルールそのものを一時的に物理破壊するしかない。


「全員、耳を塞いで伏せろ!!! テノクロジーの優位性を、今ここで初期化(フォーマット)する!」


俺はデッカーの緊急リセットスイッチを物理的に押し込み、全方位への超強力な放電コマンドをトリガーした。


「電磁パルスバースト――『EMP_Burst』!!!」


`Force_Discharge_All(Radius_50m);`


Enterキーを叩く。その瞬間、俺の左腕から、青白いドーム状の強力な電磁ショック波が、爆発的なエネルギーとなって全方位へと広がった。


ズガァァァン!!!


それは音のない、光と目に見えない波形の暴力だった。半径五十メートル以内にあるすべての電子機器が、一瞬にしてその牙を抜かれた。天井の自動機銃が火花を散らして爆発し、警備兵たちの電磁ライフルから青いスパークが噴き出して銃身が焼き切れる。彼らのサイバーバイザーは真っ黒に暗転し、ジャマーのバックパックが小さな爆発を起こして白煙を上げた。


アリーナを照らしていた赤い非常灯すらも完全に破壊され、世界は一瞬にして、完全な無音と、一寸先も見えない「絶対の闇」へと沈み込んだ。


「ぐ、あぁっ……!」


同時に、俺の左腕から凄まじい放電の残響が脳へと逆流した。デッカーのホログラム画面が激しくブレ、深刻なシステムエラーを吐き出しながら完全に消灯した。アームハッカーのバイパス回路が焼き切れ、俺の左腕の神経は細胞レベルで完全に麻痺し、力なく垂れ下がった。再起動までのタイムラグは、六十秒。その間、俺は一切のハック能力を失う。


「ゲイル隊長! 機器が、すべてのシステムが機能停止しています!」

「慌てるな、実弾の予備銃に切り替えろ! 物理的に奴らの足音を追うんだ!」


暗闇の中、ゲイルの冷静な怒鳴り声が響く。敵のテクノロジーを奪ったが、こちらも完全に無防備な生身の身体に戻ってしまった。電磁パルスによる一時的な麻痺のせいで、俺は一歩も動けない。


その静寂の暗闇の中、ズ、ズ、ズ……と、重い金属を引きずるような不気味な音が、アリーナの瓦礫の底から響いてきた。


「ハハハ……、バグのガキめ。よくも俺の左腕を焼き切ってくれたな……」


その声は、壊れたスピーカーのように歪み、狂気に満ちていた。看守長・鬼塚。アリーナの爆発から生き延び、サイバーアームを激しくスパークさせながら、肉弾戦の怪物と化した男が、暗闇の中で俺たちの呼吸音を静かに聞き取っていた。鬼塚の、金属の義足が床を踏みしめる足音が、確実に俺たちのいる方向へと近づいてくる。


(デッカーの再起動まで、あと五十秒……!)

HẾT CHƯƠNG

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