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絶対零度房の拷問

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「ぐっ、あぁ……!」


氷の針を全身に突き刺されたような激痛が、脳髄を直接突き抜けた。投げ出された先は、分厚いチタン合金と超伝導冷却パネルに囲まれた、最下層の極秘監禁室――「絶対零度房」。室温はマイナス二百度以下。呼吸をするだけで肺胞が凍りつき、吐き出す息は白く凍る暇さえなく、微細な氷晶となって床に散った。


「無駄な足掻きをするからこうなるのだ、F級のバグ風情が」


冷気の中に響く、金属の擦れ合うような重低音。そこに立っていたのは、身長二メートルを超える巨漢、最下層の絶対的支配者である看守長・鬼塚剛毅だった。血のように赤い看守服に身を包み、左顔面に露出したサイバーインプラントの光学レンズが、暗闇の中でサディスティックな赤色に明滅している。その右手には、触れた者の神経を直接焼く電磁鞭「ニューロ・ウィップ」が握られ、青白いプラズマの火花を散らしながら、のたうつ蛇のように床を這っていた。


(くそ……あのスラムでの戦闘の直後、完全に包囲された……)


カイトは凍りつく床に這いつくばりながら、奥歯を噛み締めた。スラム・グリッドで竜崎をアシストした際、撃退した警備兵のヘルメットカメラが、カイトの「デッカー」の発光ラインを記録していたのだ。そのログを解析した鬼塚の本隊によって、バッテリー残量がわずか二十三パーセントまで低下し、右手の火傷でタイピングもままならないカイトは、瞬く間に拘束され、この地獄へと引きずり込まれたのだった。


ピピ、と左腕の「デッカー」が悲痛な警告音を鳴らす。


『警告:周囲の極低温により、半導体キャリアの動作効率が低下。システムクロックが50%に自動デグレードされます。記述遅延:極大』


極低温はカイトの肉体だけでなく、ハック端末の論理回路さえも物理的に凍結させようとしていた。右手の火傷の激痛に加え、寒さで指先の感覚が急速に失われていく。


「さて、ネズミめ。その左腕にマウントされた不快なデバイスはどこで手に入れた? お前のような無能力者が、なぜコキュートスの物理定数を書き換えられる?」


鬼塚が冷酷に問いかけながら、一歩を踏み出す。その巨大な軍靴が、床の霜を踏み砕く硬い音を立てた。


「答える、つもりは……ないな」


カイトは震える声で絞り出した。右目の奥に眠るデジタル神経を強制起動し、視界を青いグリッドラインで満たす。「コードアイ」の走査だ。だが、この部屋を包むチタン合金の壁には、強固な物理ファイアウォール「ブラック・ゲート」が適用されており、ゲスト権限のデッカーでは電子ロックをハックして扉を開けることは絶対に不可能だった。物理的な脱出ルートは完全に遮断されている。


「ならば、その口を開くまで、肉体と魂のどちらが先に凍りつくか試してやろう」


鬼塚の腕がしなった。次の瞬間、空気を引き裂く甲高い音が響き、ニューロ・ウィップがカイトの背中に叩きつけられた。


「が、はっ……あぁぁぁっ!」


背中の皮膚が裂け、凍りついた肉が焼けるような激痛が走る。ニューロ・ウィップの真の恐怖は、物理的な裂傷ではない。鞭が肉体に触れた瞬間、数万ボルトの超高圧電磁ノイズがカイトの生体電流に直接流し込まれ、全身の神経細胞を内側から焼き切ろうとするのだ。視界が真っ赤なエラーノイズで埋め尽くされ、脳の演算領域が激しく揺らぐ。


『警告:生体電流の異常を検知。脳への精神汚染(メモリオーバーフロー)が上昇:25%』


「ハハハ! いい悲鳴だ! だが、まだその脳細胞は死んでいないようだな。ソースコードはどこだ? 誰に頼まれてシステムに侵入した!」


鬼塚が愉悦に歪んだ笑声を上げ、二発目の鞭を振り下ろす。カイトは必死に左腕の「電磁拘束具改・アームハッカー」を起動した。玄葉の指導のもとで安全リミッターを解除したこのデバイスは、カイトの神経系への電磁攻撃を防御するための「盾」でもあった。アームハッカーに仕込まれたバイパス回路が、鞭から流し込まれた高圧電流をカイトの生体電流から切り離し、逆流させる。


バチィィィン!


「……ぬ、くっ……!」


アームハッカーの防護フィールドが青いスパークを散らし、電磁鞭の衝撃を八割方シャットアウトした。しかし、それも長くは持たない。デッカーのバッテリーは、防護フィールドの維持によってさらに削られ、残りパーセンテージは風前の灯火となっていた。


(このまま拷問を受け続ければ、脳が焼き切れるか、体温を奪われて心停止するのが先か……。何か、逆転のコードを記述する突破口は……!)


カイトは薄れゆく意識の淵で、コードアイを極限まで走査した。周囲のチタン壁、超伝導冷却パネル、そして鬼塚の持つ電磁鞭。世界のすべての物質は「コード」で記述されている。冷気によってクロック速度が半分に落ちたデッカーの画面に、この部屋の環境を制御している『温度制御コード』の脆弱性が、細いグリッドの乱れとして浮かび上がった。


(温度制御の論理接続点……そこか! だが、部屋全体の熱量を書き換えるには、デッカーの残量二十三パーセントでは圧倒的にエネルギーが足りない。無から有は生み出せない。等価交換のルールだ。どこから、この極低温の部屋を『常温』に書き換えるためのエネルギーを奪う?)


カイトの視線が、再び青い火花を散らす鬼塚の電磁鞭へと向けられた。


(……あるじゃないか。目の前に、膨大な高圧電流の塊が)


カイトの瞳の奥で、不屈の青いバイナリコードが激しく明滅した。物理的な脱出は不可能。ならば、鬼塚自身が振るう電磁鞭の「高圧エネルギー」を逆にハックの触媒(リソース)として利用し、この凍てつく部屋の熱伝導率コードを上書きする。それしか、この絶対零度の檻を破る論理的な解法は存在しない。


カイトは凍傷で感覚を失いかけた指先を、ホログラムキーボードへと伸ばした。クロック低下によるタイピング遅延と右手の火傷のペナルティが、一文字記述するごとに脳へ針を刺すような負荷を与える。しかし、カイトの指先はミリ秒の狂いもなく、正確な構文を空中に刻み込んでいく。


`Set_Friction(Self_Cloth, Max);`

`Link_Thermal_Energy(Whip_Current, Room_Cooling_Panel);`

`Cast_Heat_Transfer(Target_Area, Value_Override);`


「まだ口を開かんか、しぶとい害虫め! ならば、その小賢しいハック端末ごと、脳髄を完全に焼き切ってやる!」


鬼塚の顔面の光学レンズが、怒りと狂気で血のような赤色に染まった。彼はニューロ・ウィップの出力を致死レベルの最大出力へと引き上げ、鞭を頭上へと大きく振り上げた。鞭が放つ青白いプラズマが、絶対零度房の冷たい空気を激しく爆縮させ、すさまじい放電音が轟く。


(来る……!)


カイトは凍りついた床の上で、デッカーのコンソールを見つめた。画面上には、コンパイル完了を示す青い進捗バーが点滅している。実行(Enter)キーを叩くためのタイミングは、鬼塚の電磁鞭が自分の肉体に接触する、まさにその「零秒」の瞬間のみ。


一瞬でも早ければエネルギーが足りずに不発に終わり、一瞬でも遅ければハックが発動する前にカイトの脳細胞が焼き切れる。


死神の鞭が、カイトの網膜を白く染めながら、最速の速度で振り下ろされた。

HẾT CHƯƠNG

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