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反逆者のアセンブル

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赤い光が俺たちの影をコンクリートの床に不気味に浮かび上がらせた。


頭上から降り注ぐその赤錆びた輝きは、監視官パノプティコンが放った追跡ドローンのサーチライトだ。配管の隙間を縫うようにして這い回る光軸が、俺たちのすぐ数センチ横の床をじりじりと焼き焦がしていく。空気中に漂うオゾンと焦げたオイルの臭いが、肺の奥を鋭く刺した。


「……静かに。呼吸を止めろ」


俺はかろうじて動く右手を伸ばし、シンの震える肩を抑えた。シンの細い身体は、先ほどの透過ハックの反動と恐怖で、木の葉のように小刻みに震えていた。竜崎は、気を失ったシキシマ先生とアキをその頑強な両腕に抱え、壁の窪みに身を潜めている。俺の左腕にマウントされたデッカーのホログラム画面は、バッテリー残量『5%』を示し、今にも消え入りそうな警告の赤色で点滅していた。


頭痛が、脳の芯を直接万力で締め付けるように激しく主張を始める。シキシマ先生が投与してくれた神経安定剤『シナプス・キーパー』の薬効が完全に切れたのだ。脳内に逆流したシステムノイズの残響が、網膜の端に不規則なバイナリの砂嵐を走らせる。メモリオーバーフロー値は49%。臨界点である50%の境界線が、すぐ目の前に迫っていた。


ジジ、と頭上でドローンが旋回する金属音が響き、赤い光軸がゆっくりと遠ざかっていく。俺たちは死神の鎌の刃先を、紙一重でかわしたのだ。


「カイト……ここを動くぞ。このシャフトの先は、俺の知る廃棄区画に通じている」


竜崎が押し殺した声で囁いた。俺は無言で頷き、感覚の失われかけた左腕を引きずるようにして、暗黒の配管迷路へと足を進めた。


到達した「廃棄区画「ジャンク・ヤード」」は、最下層の端に位置する、壊れた警備ロボットや電子廃棄物がうず高く積み上げられたサイバーパンクの墓場だった。錆びついたプレス機や、引きちぎられた高圧ケーブルが、巨大な影となって暗闇の中にそびえ立っている。だが、ここにはシステムAI『ウォーデン』の監視カメラが届かない「物理的な死角」が存在していた。俺の両親が、この監獄の初期設計時に意図的に残した、コキュートス初期設計の物理バックドアの恩恵だ。


ジャンクヤードの最奥にある、コンテナを改造したジョーの隠れ家に滑り込んだ瞬間、俺たちは一斉に床へ崩れ落ちた。


「おいおい、ひどい有様だな、ソウヘイの息子」


煤汚れたオーバーオールを着た義足の初老の男、ジャンク屋のジョーが、ゴーグルの奥の目を細めて俺たちを迎えた。その横では、金髪を雑に縛った女性ハッカー、クロエ・サーストンが、サイバーアイを明明と光らせてコンソールに向かっている。


「シキシマがこんなにボロボロになるなんて、外で何が起きてるの?」


クロエが鋭い声を上げた。俺はデッカーのホログラムキーボードを展開しようとしたが、指先が強張って動かない。左腕の神経麻痺が、タイピングの精度を著しく奪っていた。


「クリニックが、ウォーデンに消去(フォーマット)された。最下層は完全にロックダウンされている」


俺の言葉に、部屋の隅に集まっていた数人の囚人たちが一斉にざわめき立った。彼らは、過酷な労働と人体実験に耐えかねて逃げ出してきたバグ能力者たち――後に「アウトライアーズ(脱獄同盟)」と呼ばれることになる反逆者たちの卵だ。


「冗談じゃねえぞ!」


身体の一部を金属化させるバグを持つ過激派の囚人が、錆びた鉄板のテーブルを叩いた。


「診療所が消されたってことは、次はここだ! ウォーデンは俺たち害虫を一匹残らず駆除する気だ。ここに隠れていたって、いずれ干からびて死ぬだけだ。今すぐ武器を持って、正面の防衛ゲートを力ずくで突破するべきだ!」


「そうだ! 突撃して、看守の武器を奪うんだ!」


同調する声が広がり、隠れ家の中の空気は一触即発の熱を帯び始める。絶望が、彼らの理性を塗りつぶそうとしていた。竜崎が「てめえら、落ち着け!」と怒鳴り散らしたが、一度火がついた恐怖は容易には収まらない。


俺は彼らの騒ぎを無視し、デッカーの有線ケーブルを、ジャンクヤードの配電盤の露出した銅線へと接続した。まずは端末の充電が最優先だ。だが、接続したコンマ数秒後、俺の「コードアイ」が異常な信号を検知した。


『警告:グリッドスキャンを検知。システムAI『ウォーデン』による電力クエリログの照合率:98.4%。位置特定の危険性あり』


「くっ……!」


俺は反射的にケーブルを引きちぎった。火花が散り、デッカーの画面が激しく明滅する。通常の電力網からの給電は、ウォーデンの監視網に直接引っかかる。安易な充電は、この隠れ家の座標を敵に差し出す自殺行為だった。


「力任せの脱出も、通常の充電も、すべてウォーデンの予測アルゴリズムの餌食になるだけだ」


俺は冷徹な声を響かせた。騒いでいた囚人たちが、一斉に俺を睨みつける。


「じゃあどうするんだ、ハッカーの小僧! お前のそのおもちゃ(デッカー)は、もう死にかけてるじゃないか!」


ジョーが静かにため息をつき、隠し金庫から金属製の重厚なケースを取り出した。蓋を開けると、中には金色のグリッドラインが美しく走る、未破損の計算処理ユニットが鎮座していた。廃棄ロボットの演算チップだ。軍用規格の超高性能プロセッサであり、最下層では国家予算並みの価値がある素材だった。


「ソウヘイの息子よ。お前の親父への義理だ。これを使って、お前のその『デッカー』を組み替えろ。お前の頭脳なら、この意味がわかるはずだ」


「ジョー、これはあんたの命綱のパーツだろ……」


竜崎が絶句するが、ジョーは首を振った。「ガキが命を懸けてルールと戦ってるんだ。大人が出し惜しみしてどうする」


俺は躊躇わなかった。右手の火傷の激痛に耐えながら、ジョーのハンダハックツールを握り、デッカーの物理筐体をこじ開けた。露出したマザーボードの論理回路に対し、俺は「ジャンク回路アセンブル(簡易ビルド)」を実行した。


`Link_Circuit(Decker_Core, Spare_Chip_01);`

`Set_Parallel_Thread(Max_Unlock);`


デッカーから伸びた青い光の糸が、金色の演算チップを包み込み、分子レベルで物理配線を強制接続していく。ハンダを使わない、論理コードによる分子結合。カチリ、と硬質な電子音が響き、デッカーの画面がかつてないほど鮮明な青い光を放った。


『システムアップグレード完了。並列演算スレッド:最大2スレッドを解放。最大演算速度が一時的に200%に向上。緊急コンデンサより給電:バッテリー残量35%に回復』


脳を締め付けていたノイズが、拡張された並列処理能力によって一時的にクリアされる。俺はデッカーを起動し、ホログラムプロジェクターから、最下層の初期インフラ配線図を空間全体に展開した。青い幾何学的なグリッドが、コンテナの錆びた壁を覆い尽くす。


「全員、これを見ろ」


俺は、中央エレベーターへと続く唯一のルートを指し示した。そこには、赤く明滅する警告色のエリアが存在していた。


「高圧電磁回廊「ライトニング・ラン」……。ここを通る」


「正気か!?」


過激派の囚人が叫んだ。「そこは侵入者を感知した瞬間、数百万ボルトの電磁アークが放たれる死の通路だ! 触れた瞬間に灰にされる!」


「物理的な突破は不可能だ。だが、システム的な死角がある」


俺はコードアイの焦点を配線図の特定のノードに合わせた。そこには、AI『ウォーデン』がアップデートを繰り返しても決して修正できない、極小の同期ズレが存在していた。両親が残した、設計上の物理バックドアだ。


「ライトニング・ランの電磁シールドは、1秒間に0.1ミリ秒だけ、システム同期のラグが発生する。その瞬間、電磁アークの『電導率コード』は一時的にゼロになる。俺のハックでその脆弱性を叩けば、回廊の雷撃を一時的に偏向させ、無傷で通り抜けることができる」


俺の論理的な説明と、目の前に展開された完璧な配線図の脆弱性データに、騒いでいた囚人たちは完全に言葉を失った。力任せの突撃ではなく、監獄の設計ミスを逆手に取った、冷徹なパズル攻略。これこそが、完璧なシステムAIに対する、不完全な人間(バグ)の唯一の戦い方だった。


「……お前を信じるよ、ハッカーの小僧」


過激派の男が、静かに拳を下ろした。「俺たちの命、お前のコードに預ける」


その瞬間、スラムの敗残者たちは、カイトを軍師とする本格的な脱獄同盟「アウトライアーズ」へと再編された。彼らの瞳に、絶望ではなく、反逆の静かな火が灯る。


俺はライトニング・ランの制御回路をさらに深く解析するため、デッカーのキーボードに指を置いた。脆弱性の正確な座標を特定し、コマンドをプリコンパイルしようとした、その時だった。


ビーーーーッ。


デッカーの画面が突如として激しくブレ、青い光が黄金色のノイズへと変貌した。システムのファイアウォールを完全にバイパスし、外部ネットワークから直接、未知の暗号化パケットがデッカーのメモリへと流し込まれていく。


『警告:外部プロキシ接続を検知。暗号化シグナルの強制受信を開始します』


画面のノイズが収束し、アスキーアートで描かれた一匹のウサギのアイコンが、不敵に笑うように浮かび上がった。


『――ハロー、最下層のルーキー。まだ生きてたんだね』


スピーカーから、生意気で自信に満ちた同世代の少女の声が、ノイズ混じりに響き渡った。

HẾT CHƯƠNG

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