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暴かれた生体コア

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アリーナを包み込んだ絶対の闇と、電磁パルスバースト「EMP_Burst」の残響。あの極限の混沌の中、竜崎とシンが俺のボロボロの身体を担ぎ、看守たちの追跡を紙一重でかわしながら、この地下深くの隠れ家まで逃げ延びてくれたのだ。


「無茶をしやがって、この大馬鹿野郎が……!」


耳障りな叱責の声と共に、鼻を突く安タバコの煙が漂ってきた。

視界がゆっくりと焦点を結ぶ。コンクリートの剥き出しの天井、錆びついた配電盤、そして乱雑に並ぶ医療器具。ここはスラムの地下に隠されたセーフハウス、シキシマ・クリニックだ。


丸眼鏡の奥の酷いクマをこすりながら、ヨレヨレの白衣を着た医師・敷島(シキシマ)が、俺の首筋に冷たい注射器を押し当てた。

瞬間、脳内を焼き尽くしていた高熱が、冷たい水で洗い流されるように引いていく。脳機能安定剤「シナプス・キーパー」――シキシマが密かに調合した、脳のデジタル侵食を抑える青い薬液だ。


「ハァ……、ハァ……」

「動くな、カイト。生体電流がまだ狂っている。お前の脳は、あともう一回でも限界突破(コードバースト)を起こせば、完全にただの演算素子(ハードウェア)に成り下がるぞ」


シキシマの冷徹な警告を聞きながら、俺は自分の左腕を見下ろした。電磁拘束具改・アームハッカーにマウントされたデッカーの画面は完全に消灯し、冷たい金属の塊と化している。EMPの強力な逆流電力をアースしきれず、左半身の神経が鉛のように重く麻痺していた。


「カイトさん、今、神経のバイパスを刺激します。少し痛みますよ……!」


おさげ髪の少女、助手のアキが、心配そうに澄んだ瞳を潤ませながら、俺の左腕に特製のバイオジェルを塗り込んできた。彼女の指先から、微弱な生体ブースト信号が俺の麻痺した神経へと流れ込む。針で刺されるような激痛が走ると同時に、指先にわずかな感覚が戻ってきた。


「ありがとう、アキ。……デッカーの状況は?」

「シキシマ先生の予備発電機に繋いで、強制ブートをかけています。でも、バッテリーはまだ回復していません」


アキが指し示した先では、デッカーから伸びた同軸ケーブルが、クリニックの旧式発電機に接続されていた。デッカーのホログラム画面が弱々しく点滅し、再起動の進捗バーが「90%... 95%...」と進んでいく。


アリーナでの死闘で、俺はキメラを倒し、最下層の全電力を管理する「管理者用暗号化キーチップ」を奪い取った。だが、その代償は大きかった。俺の左腕の神経は一部が完全に焼き切れ、指先が思うように動かない。物理的なタイピング速度は、以前より確実に一割以上低下している。


『システムブート完了。一時的パワーユーザー権限(Power User)を認識。バッテリー残量:12%』


デッカーがようやく覚醒した。俺は右手の火傷の痛みをこらえ、空中に展開されたホログラムキーボードに指を走らせた。指がもつれる。だが、止めるわけにはいかない。


俺がアリーナのデータ中枢から、キメラのドングルを経由して密かにサルベージした暗号化ファイル。それこそが、管理機関SECTがひた隠しにする、世界の物理法則を電子制御する「エデン・プロジェクト」の核心データだった。


「ファイルをデコードする……」


タイピングを開始した瞬間、デッカーの画面に真っ赤な警告が割り込んだ。


『警告:対象ファイルに強力なデータ破損プロトコル「Mind_Erase.exe」を検知。デコードを実行した場合、侵入者の脳波に逆流ノイズを送信し、記憶領域を物理破壊します』


「トラップコードか。読ませる気はないってわけだな」

「やめろ、カイト! これ以上の脳への負荷は自殺行為だ!」


シキシマがタバコを床に投げ捨てて叫んだが、俺は無視した。ここまで来て、退く選択肢など存在しない。


「防壁を作る。メモリ空間デバッグ(精神防衛法)、起動」


俺は脳の深層に眠る記憶領域を「仮想サンドボックス」として一時的に隔離した。美咲の笑顔や、両親とのわずかな思い出を格納したセクターに、論理的なプロテクトを何重にもかける。侵食プログラムが脳に侵入しても、この防壁の内部(サンドボックス)に閉じ込め、デバッグして消去すればいい。


だが、ファイルの暗号はあまりにも強固だった。SECTの最高機密アルゴリズム。これを突破するための「解読キー」が足りない。


その時、ポケットの中でカサリと音がした。


俺は右手で、ボロボロになった青い折り紙――美咲が遺してくれた折り鶴を取り出した。コードアイを最大出力で起動し、右目の網膜に青いグリッドラインを走らせる。折り鶴の折り目の角度、重なりの比率、紙の繊維の微小な乱れ。それらすべてが、0と1のバイナリデータとして脳内に再構成されていく。


美咲が残したアナログな物理暗号。それは、SECTのシステムが絶対に検知できない「バグ」そのものだった。


「この幾何学データを……デコードのシード値に適用する」


`Set_Decryption_Key(Scan_Origami_Geometry());`


Enterキーを強く叩いた。


デッカーの画面上で、複雑に絡み合っていた暗号コードが、折り紙のデータと完全に合致し、ドミノ倒しのように次々と解凍されていく。防壁に衝突した「Mind_Erase」のノイズプログラムは、サンドボックス内に隔離され、一瞬でデバッグ消去された。


そして、解読されたデータが、俺の網膜に直接投影された。


「これは……何だ……?」


映し出されたのは、SECTの極秘プロジェクト「エデン」の設計図。そして、そのシステムを稼働させるための、おぞましい生体ユニットの設計仕様書だった。


青白いホログラムの中心に、一人の少女の3Dモデルが浮かび上がる。

長い黒髪、白い病衣。首元に埋め込まれた、無数のサイバーケーブルと同期するための生体インターフェース。その顔は、間違いなく俺の最愛の妹、美咲だった。


『生体演算コア:コード・マザー(Code_Mother)。特異バグ脳波共鳴体。システムAI「Warden」の基幹メインフレームと精神を常時同期。世界の物理法則を制御するための「生体制御核」としてコキュートス最深部に幽閉』


「美咲が……AIの、部品(コア)にされている……?」


頭の中が真っ白になった。怒りと絶望が、冷たい電流となって背筋を駆け上がる。美咲はバグ能力者として隔離されたのではない。この世界の秩序を維持するため、システムの一部として肉体と精神を切り刻まれ、生かさず殺さず利用されているのだ。


「そんな……美咲ちゃんが……」


背後でデータを覗き込んでいたアキが、口元を押さえてへたり込んだ。シキシマは静かに眼鏡を外し、悲痛な表情で俺を見つめた。


「……それがエデン・プロジェクトの真実だ、カイト。奴らは、世界のバグを排除し、完全な管理社会を構築するため、お前の妹の脳波をシステムAI『ウォーデン』の心臓部として同期させた」


俺は拳を血がにじむほど強く握りしめた。美咲の残した折り紙が、手のひらの中でくしゃりと音を立てる。


「ハックする……。美咲のGPSを今すぐ特定して、ここから書き換えてやる」


指をもたつかせながらも、デッカーに追跡コマンドを打ち込む。だが、システムは冷酷なログを返した。


『アクセス拒否(Permission Denied)。対象のデータセクターは「レベル2(中層階・アケロン区画)」以上のサーバーに隔離されています。現在のパワーユーザー権限ではアクセス不可能です』


「クソッ……!」


やはり、この最下層からでは届かない。ただ監獄から逃げ出すだけでは、美咲は永遠に救えないのだ。美咲を救い出すためには、この監獄のさらに深部、中層階を突破し、システムAI『ウォーデン』の最終サーバーにまで直接突入するしかない。


「待ってろ、美咲。俺が必ず、お前をそのシステムから引きずり出して、元の現実へ連れて帰る」


俺の瞳の奥で、金色のバイナリコードが静かに、だが決して消えない不屈の光となって輝き始めた。


その誓いの瞬間――

クリニックの天井のスピーカーから、ブツリと耳障りなノイズが響いた。明滅していた緑の照明が、一瞬にして禍々しい「赤」へと染まる。


『警告。エリア内の不具合(バグ)の座標を特定。システムAI「Warden」直属、エラー排除プロセス・フェーズ2へ移行します』


無機質で冷徹な合成音声が、コンクリートの壁に反響する。


『ターゲットの物理消去(フォーマット)を開始します。カウントダウン、開始』

HẾT CHƯƠNG

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