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クロノスの執行者、電磁の盾

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「大将、マズい! 上空のドローンが、本物の『スイーパーズ』……クロノス社の戦闘サイボーグ部隊が、この宮下公園に向けて強制転送されてくるのを検知した! 囲まれるぞ!」


 蓮見迅の悲鳴のような叫びが、夜の宮下公園に響き渡った。ジャックされたデジタルサイネージに浮かび上がる九条密の巨大なホログラムは、冷酷な光を放ったまま静かに消え去った。だが、その後に残されたのは、絶対的な死の予感だった。


 上空を覆う暗雲の隙間から、青白い幾何学的な光の柱が、宮下公園の空中庭園へ向けて何本も垂直に突き刺さる。空間の座標データが強制的に書き換えられ、物質が転送される際特有の、高周波のデータノイズが鼓膜を刺した。


 ドサッ、と重々しい金属音がコンクリートの床を揺らした。


 光の柱が消えた跡に立っていたのは、全身を漆黒の強化装甲で包んだ人影だった。顔面を覆うバイザーには、一本の細い赤いスリット光が不気味に明滅している。有機的な感情を一切削ぎ落とした、クロノス・テクノロジー社の実力行使部隊――戦闘サイボーグ『スイーパー・アルファ』。


「ターゲット、海藤魁人。および、例外エラーに汚染された不要データ群を検知。これより、物理デリートを開始する」


 合成された合成音声は、人間の声というよりも、ただの冷徹なシステムログの読み上げに近かった。スイーパー・アルファが右腕に装備されたスマート・アサルトライフルを持ち上げる。銃口が、真っ直ぐに魁人の眉間を捉えた。


「逃げろッ! 避難民をシェルターの奥へ!」


 阿部鉄平が叫び、自警団のメンバーがパニックに陥った避難民たちを誘導し始める。だが、スイーパー・アルファの動作は神速だった。迷いのない指先が、ライフルのトリガーを引き絞る。


「させるかよ!」


 東条蓮が、近くに転がっていた自動運転車の強化フロントバンパーを盾代わりに拾い上げ、魁人の前に身を挺して滑り込んだ。大破した電磁バットを失った彼に残された、唯一の防衛手段だった。


 ダダダダン!


 スマートライフルの銃口から、追尾機能を備えた電子制御弾頭が放たれる。東条が構えた金属バンパーに激突し、凄まじい衝撃波と火花が散った。肉体の限界を超えた衝撃が東条の腕を襲い、彼は苦悶の声を漏らしながらも、歯を食いしばって防衛線を死守する。


「大将……! 早くその『魔法』で、こいつをフリーズさせてくれ!」


「わかってる……!」


 魁人は震える右手で、イージス・ターミナルの透過画面を展開した。バッテリー残量は六〇%。脳のメモリリーク率は四五%。こめかみを走る鋭い偏頭痛を抑え込み、魁人の指先がホログラムキーボードの上を疾走する。


 狙うのは、スイーパー・アルファの生体脳に直接インプラントされているであろう制御チップだ。生物としての神経回路をデジタル制御しているのなら、その仲介プロトコルをハックし、強制スリープ命令を送り込めば無力化できるはずだ。


『#import Bio_Network_Control;』

『Bio_Hack(target=Sweeper_Alpha_01, command=Force_Sleep);』


 キーボードを叩き終え、エンターキーを叩き込む。魁人の指先から青いバイナリコードの光の糸が伸び、スイーパー・アルファへと殺到した。勝てる――そう確信した瞬間だった。


 ジィィィン!


 スイーパー・アルファの周囲に、突如として青い幾何学模様の光の壁が展開された。魁人の放ったハッキングコードは、その光の壁に接触した瞬間、激しい電子スパイクを散らして完全に霧散した。端末の画面に、冷酷なエラーログがポップアップする。


『Error: Connection Reflected by Aegis_Guard.』

『Access_Denied. Permission_Level: Administrator required.』


「なっ……ハッキングが、弾かれた……!?」


 魁人は息を呑んだ。これまでの暴走インフラや自律ドローンとは違う。目の前のサイボーグは、外部からのデジタル干渉を物理的・電子的に完全に遮断・反射する電磁シールド『イージス・ガード』を常時展開しているのだ。


「無駄だ、例外エラー」


 スイーパー・アルファは、バイザーの赤いスリットを冷たく光らせながら、一歩ずつ前進してくる。アサルトライフルの銃口から、青白いプラズマ弾がチャージされ始めた。


「貴様の持つ脆弱性突きのハックコードは、我が『イージス・ガード』の防御プロトコルによって一〇〇%中和される。システム管理者以外のアクセスは、一切受け付けない」


「そんなのありかよ!」


 東条が叫び、再びフロントバンパーを構え直す。だが、スイーパーが放った高出力プラズマ弾の一撃が、その簡易シールドを直撃した。金属が熱融解を起こし、凄まじい物理衝撃が東条の身体を吹き飛ばす。東条は防壁ごと後方の瓦礫へと叩きつけられ、激しく咳き込んだ。簡易シールドは完全に物理破壊され、自警団の最終防衛ラインは崩壊した。


「東条!」


 澪が駆け寄ろうとするが、スイーパーの冷徹な銃口が、今度は魁人と澪の二人を同時に捉えた。


(クソ、どうする……!? 敵の生体データに直接割り込むバイオハックは、ミリタリーグレードの暗号化と電磁シールドで完全にシャットアウトされている。僕の『Dev_Level1』の権限じゃ、あのシグナルを直接書き換えることなんてできない!)


 魁人の脳波測定用ヘッドバンドが、危険を知らせる警告音を小さく鳴らし始める。脳圧が上昇し、右目の視界がバイナリノイズでチカチカと点滅する。焦燥が思考を鈍らせ、タイピングする指先が微かにピクセル化して震えた。


 その時、失踪した父・宗一の言葉が、脳裏をよぎった。


『世界は完璧なコードでできている。だが、完璧なプログラムほど、例外処理(バグ)に弱い。システムそのものを壊せないなら、そのシステムが立っている前提を疑え』


「前提を……疑う……?」


 魁人は右目の『Code_Vision』を常時最大出力に切り替えた。視界全体が青いバイナリグリッドの海へと変貌する。


 彼はスイーパー・アルファ本体を見るのをやめた。ハッキングを無効化する電磁シールド『イージス・ガード』は、確かに完璧な防壁だ。だが、そのシールドが守っているのは、あくまで『スイーパーの肉体』という単一のオブジェクトの座標だけだ。


 ならば、そのオブジェクトが立っている『物理的な周囲の環境』はどうだ?


 魁人は視線を上空へと向けた。宮下公園の空中庭園の端、再開発工事のために設置された巨大なタワークレーン。そのアームの先には、崩落しかけたビルの補強用に使われるはずだった、数十トンはある「巨大な鉄骨」が、太いワイヤーに吊るされたまま宙に浮いていた。


 Code_Visionの青い視界の中で、その巨大な鉄骨オブジェクトの物理パラメータがリアルタイムでレンダリングされていく。


『Object_ID: Steel_Beam_SBY_07』

『Mass: 15,000kg』

『Gravity_Vector: [0.0, -9.8, 0.0]』

『Collision_Attribute: True』


 魁人の唇の端が、微かに歪んだ。


(そうだ。敵本体にデジタルな干渉が届かないのなら――敵が置かれている、この『物理環境』そのものを書き換えて、圧倒的な質量の現実をぶつければいい!)


 魁人は、イージス・ターミナルの透過キーボードに再び両手を添えた。バッテリー残量は少ない。コンパイル・ディレイは三十秒。だが、やるしかない。


 スイーパー・アルファが、スマートライフルのトリガーに再び指をかける。銃口のプラズマが、青白い閃光となって極限まで圧縮されていく。


「デリート完了まで、残り十秒」


 死のカウントダウンが始まった。魁人の指先が、夜空に青い光の軌跡を描きながら、鉄骨の物理属性を上書きするための環境ハックコードを高速で打ち込み始めた。

HẾT CHƯƠNG

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